日常に笑顔を増やしたい 「たのしい」が広げる米菓の未来
「おいしい」より先に、「たのしい」がある。
新潟市に本社を構える米菓メーカー・栗山米菓は、看板商品「ばかうけ」や「星たべよ」をはじめ、自由な発想から生まれた商品で多くの人に親しまれてきた。ただおいしい味を届けるだけではない。お菓子を通じて、人々を笑顔にしたい。栗山米菓には、そんな少し不思議であたたかな価値観が息づいている。
かつて家業を継ぐことに前向きではなかった栗山社長の意識を変えたのは、スーパーの売り場で見たお客様の笑顔だった。一袋のおせんべいの先に、どんな景色が広がっているのか。受け継いだブランドと社員の力を、どう未来につなげていくのか。栗山社長の原点と、米菓の可能性に迫る。
栗山 大河(くりやま たいが)
1994年、新潟県新発田市生まれ。成蹊大学経済学部を卒業後、2017年に滋賀県を中心に総合スーパーを展開する株式会社平和堂へ入社。売り場での経験を経て、2020年に家業である株式会社栗山米菓へ入社した。マーケティングをはじめ複数の領域に携わり、2025年4月、代表取締役社長に就任。休日は新潟県内を巡って、食や地域の魅力に触れることも楽しみの一つ。
受け継がれてきた、“面白がる”ものづくり
事業内容、沿革を教えてください。
栗山米菓は、新潟県に本社と工場を構える、おせんべいの製造・販売会社です。
もともとは、私の曾祖父が営んでいた八百屋が始まりでした。戦時中に届く配給のジャガイモなどには、傷んで食べられないものも多かったそうです。そこで、「どうにか活用できないか」と考えて、ジャガイモからデンプンを取って飴菓子を作ったのが最初です。
戦後、新潟でお米づくりが盛んになっていく中で、「お米を使ったおせんべいづくりに切り替えよう」となり、今の栗山米菓に育っていきました。
栗山米菓のこだわりを教えてください。
栗山米菓には、「たのしい、おいしい、あたらしい」というステートメントがあります。
私が入社した当初は、この順番にすごく違和感がありました。普通、食品を扱う会社だったら、最初に「おいしい」があるべきなんじゃないかと。でも、働いていくうちに、逆にこの順番が素晴らしいなと感じるようになりました。
お菓子って、生活必需品ではないんですよね。でも、お菓子を通じて楽しい気分になったり、ほっこりする気持ちになったりする。そういうことこそ、一番大事なんじゃないかと思うようになったんです。
私たちは、おせんべいの製造会社である以上に、お客様に楽しさや新しさを届ける会社でありたい。その思いで、いろいろな展開をしているところが特徴の一つです。
栗山米菓の商品は、「ばかうけ」や「星たべよ」など、ネーミングや形が特徴的ですね。そうした自由な商品づくりは、どのような風土から生まれているのでしょうか。
「ばかうけ」は、当時流行していたテレビ番組の中で出ていたキーワードをもとに、新入社員がネーミング案を出したところ、社内で「それ、いいね」と採用され、商品化されたと聞いています。当時から、年齢や役職に関係なく意見が通る文化があったんだなと感じます。
「星たべよ」という名前も面白くて、いい名前ですよね。
おせんべいって、すごく“伝統的なお菓子”というイメージがあると思うんです。だからこそ、その枠にとらわれすぎないようにしています。自由に、お客様目線で商品づくりをしているので、ちょっと変わったネーミングも当社は多いのかもしれません。
その自由な商品づくりの背景には、会社として大切にしてきた価値観もあるのでしょう。社内で共有されている「栗山フィロソフィ」についても教えてください。
そうですね。「栗山フィロソフィ」は、間違いなく会社の風土につながっています。お取引先様からも「社員の皆さん明るいですね」「挨拶が元気ですね」と言っていただくことがあるんです。
日頃から皆で“何が大事なのか”を一緒に勉強しているので、価値観が自然と共有されているんでしょうね。内容自体は難しいものではなく、「困っている仲間がいたら助け合おう」とか、そういうものなんですけどね。
ホームページで拝見したのですが、「社歌」もあるんですね。
「社歌」、あります(笑)。
当社がアンパンマンとコラボした商品を展開しているご縁で、やなせたかしさんが弊社の社歌を作詞・作曲してくださいました。その感謝も込めて、毎朝みんなで歌っています。ちょっと面白いですよね(笑)。
一袋の“ばかうけ”の先に、日本中の笑顔が見えた
社長は新発田市のご出身で、幼稚園まで新潟で過ごされ、その後は東京に移られたとうかがっています。子どもの頃、家業のことはどのように見ていたのでしょうか。
小さい頃から、「家によくおせんべいがあるな」ぐらいには思っていました。父親がおせんべい屋をしていることは知っていましたが、それがどれくらいの規模の会社なのかまでは、あまり理解していなかったんです。
中学のサッカー部の帰りに、みんなでお菓子を買うことがあったんですけど、その時、同級生が私の実家のことを知らずに、「大河、俺この“ばかうけ”っておせんべいがめっちゃ好きなんだよ。食べたことある?」って話しかけてきたんです。
「それ、実家で作ってるんだよ」って言ったら、めちゃめちゃ驚かれて(笑)。
「そっか。“ばかうけ”を作っているって、そんなに驚いてもらえることなんだ」と、そこで初めて認識した感じですね。
大学卒業後は、すぐに栗山米菓へ入るのではなく、滋賀県を中心にスーパーを展開する「平和堂」に入社されました。当時は、どのような思いで就職先を選ばれたのでしょうか。
私には兄もいますし、当時は会社を継ぎたいという意思もなかったので、東京で就職するのが当たり前だと思っていました。
就職活動中にいろいろな会社の説明会に行ったんですけど、ピンとくるところがなかなかなくて。それで初めて父に、「就職活動をしているんだけど、何かおすすめの会社はあるかな」と相談したんです。
父から紹介された会社の中に、関西でスーパーを展開している「平和堂」がありました。それを聞いたときに、素直に「なんか面白そう」と思ったんですよね。
もちろん、どこかで家業とつながるという意識もありました。ただそれ以上に、「東京を飛び出したい」「一人で働いてみたい」という気持ちもあったので、平和堂に興味を持って、選考を受けたという感じです。
平和堂で過ごされた社会人生活は、いかがでしたか。
すごく楽しかったですし、充実していました。この平和堂で過ごした3年という期間に、家業を継ぐ覚悟も、少しずつ決まっていきました。
大きかったのは、売り場でお客様の姿を直接見られたことです。平和堂では、毎日、栗山米菓の商品も品出ししていたんですけど、それを手に取ってくださるお客様を見ているだけでも、いろいろ感じることがありました。
印象的だったのが、「渚あられ」を品出ししていた時のことです。“ばかうけ”や“星たべよ”以上に歴史の長いブランドなんですけど、あるとき、お客様に「私、このお菓子が大好きなの。いつも買っちゃうわ」って声をかけられたんです。
その方は、私の実家で商品を作っていることを、ご存じなかったと思うんです。でも、こんなに愛してくれている人がいるんだなと感じました。
スーパーって、ただ買い物をするだけの場所ではないんですよね。お買い物自体を、皆さん楽しんでいらっしゃる。親子でお買い物に来て、「“ばかうけ”の新しい味が出てるよ」「なんかおいしそうだね、買っていこう」って、笑顔になるお客様を毎日のように見ていました。
私は関西の一店舗のことしか知りません。でもそこで、毎日のように“ばかうけ”などを通じて笑顔になっている人がいる。じゃあきっとその先には、家族みんなで笑顔になっている家庭があるんだろうなと。それが関西の他の店舗でも、日本中でも起きているんだと考えたら、めちゃめちゃ素敵なことだなと思ったんです。
最初は、家業を継ぐことに対するプレッシャーや、不自由さも結構感じていて、前向きではありませんでした。
でも、そんな素敵な事業を継承できるというのは、ありがたいことなんじゃないか。あの日々の中で見た笑顔を、ひとつでも増やしていきたい。自分たちの商品やサービスを通じて、それを実現していきたい。そう思うようになって、会社を継ごうという覚悟が決まりました。そこが、私の原体験になっているのは間違いないです。
“面白そう”を、現場で確かめ続ける
新潟に戻られたのは、2020年。まさにコロナ禍のタイミングでしたね。
本当、コロナ禍の真っ只中でした(笑)。コロナとともに新潟に来た、みたいな感じでしたね。でも逆に、私はコロナ前の栗山米菓を知らないので、自分が入社したタイミングがベースなんです。だから、「大変だな」という感覚はなかったですね。
そうした状況の中で、栗山米菓に入社後はどのような仕事から始められたのでしょうか。
入社してすぐ着手したのが、アニメのコラボ関係でした。コロナ禍で動画配信サービスが広がり、アニメコンテンツが大きく盛り上がっていた時期だったので、「栗山米菓でもシール付きの商品を出そう」という話になっていたんです。
その中で考えたのが、『呪術廻戦』のコラボ商品でした。私自身、アニメに詳しかったわけではありません。だからまず、新潟市内のアニメイトさんに行って売り場を見たり、直接店員さんに人気作品を聞いたりしました。ネットでも調べながら、「次に可能性があるのは『呪術廻戦』かもしれない」と思ったんです。
そこから版権元に飛び込みで連絡してみると、意外なほどすんなり話が進みました。
入社して1、2年は、そういったコンテンツとのコラボ企画をどんどんやっていました。コロナ禍だったからこそ生まれた流れでもあるので、一番下からのスタートというよりは、「そういう環境だっただけ」と捉えています。
自分が考えたことを、すぐに形にできる社内環境だったとも言えますね。
それは本当にありがたかったです。
先代が社員の方たちと、きちんと信頼関係を築いてくれていたので、外から急に来た立場の私でも、ちゃんと会話ができる土台がありました。
あとは、フィロソフィの学びもあって、素直で明るい方が多いんです。フラットな方が多いというか。
もちろん、私の立場を皆さん意識されている部分はあると思います。でも、そういうことに関係なく、「こういうのがあったら楽しいんじゃないか」と話せる環境があった。そこは、栗山米菓に入ってすぐに動き出せた大きな理由だったと思います。
社長に就任されて1年が経ちました。就任の前後で、ご自身の意識や役割に変化はありましたか。
もともと栗山米菓に入社した時から、一社員として働いているだけではだめだなという認識はありました。
その中で自分なりに考えたのは、「栗山米菓の20年後、30年後の未来」です。
もちろん、社員や幹部の皆さんも一緒に考えてくれています。でも、誰よりも真剣に考え、行動することは、私の責任だと捉えていました。
最初は先代の指示でマーケティング部に入りましたが、業務を進める中で、人事や品質保証など、他の部署の仕事も気になるようになりました。「これは今の自分に必要なんじゃないか」と感じたら、自分から会議に参加させてもらったり、現場に顔を出したりしながら、少しずつ関わっていったんです。
なので、社長就任の前後でやることが大きく変わった感覚はありません。社員の皆さんからしても、あまり変わった印象はないんじゃないかな(笑)。
一方で、社長になったことで、背負う責任の重さは変わりました。
未来のことを考える意識はこれまでもありましたが、社長になると、目の前の数字にも一番の責任が出てきます。現実的でタフなことと、未来の理想。その両方を同時に見なければいけない実感は、以前より大きくなっていますし、経営者の意思は宿るんだなっていうことを、すごく感じています。
31歳での社長就任は、一般的に見ても早いタイミングだと思いますが、ご自身ではどのように受け止めていますか。
強みとして、「失敗しやすい」というのが、一つあるかなと思います。
やっぱり、ベテランになってからの失敗って、なかなかしづらいですよね。でも若いうちは、大目に見てもらえる部分もある。それはすごくありがたいことです。
だから、いい意味で怖がりすぎずに、いろいろ変えていける。若いからこそ身軽に動ける部分はあると思っています。
そうした自由に動いていく姿勢には、先代からの影響もあるのでしょうか。
そうですね。先代は、私がやっていることに対して、あまり口出しをしないでいてくれます。ただ言われているのは、「お前が考えて好きにやっていい。ただ、その責任は自分で取れ」ということ。
これは大変なことでもありますが、「お前の目線で感じたことをやりなさい」というメッセージでもあると思っています。
20年後、30年後の栗山米菓を考える中で、今、特に大事にしていることはありますか。
今、大事にしたいと思っているのは、商品のブランドと社員の皆さんです。
栗山米菓に入社してから、自分の役割は「栗山米菓の20年後、30年後を誰よりも考えること」だと決めました。最初は、「新規事業を立ち上げよう」とか、「何か新しいことをしなければいけないんじゃないか」と考えていたんです。でも徐々に、その考えに少し違和感を持つようになりました。
私は、ゼロイチで生んだ会社を経営しているわけではありません。引き継がせていただいた会社を経営しています。会社には歴史があり、今の事業があり、先代から受け継いできた思いがある。だからまずは、今ある事業を大事にするところから始めたいと考えるようになりました。
その中でも特に大きいのが、“ばかうけ”をはじめとする商品のブランドです。
いろいろなところに飛び込み営業やコラボの依頼をするときに、「あ、“ばかうけ”さんですね。お話、聞きましょう」と言っていただけることがあります。そのたびに、“ばかうけ”というブランドの力に助けられていると感じていました。これは、自分一人でつくれるものではありません。長い時間をかけて、会社の先輩たちや商品を愛してくださるお客様が育ててくれたものです。
もう一つは、社員の皆さんです。
立場に関係なく「こういうのがあったら楽しいんじゃないか」と話せる人たちがいて、新しい企画を進めるときにも一緒に考え、動いてくれる。そういう社員の皆さんに支えられている部分も、すごく大きいです。
だから、ブランド価値を高めていくこと。そして、社員の皆さんが安心して力を発揮し、挑戦できる環境をつくること。この2つが、20年後、30年後の栗山米菓につながっていくのだと思っています。
“おせんべいたるもの”を越えていく
これから栗山米菓で取り組んでいきたいことはありますか。
やっぱり私は、お米という素材に対して、まだまだ大きなポテンシャルを感じています。
海外に行くと、お米を使った商品って本当にたくさんあるんですよね。
たとえばアメリカのスーパーでは、スナック菓子だけでなく、ベビーフード、ペットフード、グルテンフリーの商品など、本当にいろいろな棚でお米を使った商品を見かけました。
「もしかしたら日本以上に、お米が日常の中に根付いているのかもしれない」と思うくらい、さまざまなものがお米に置き換えられていたんです。
私たちには、お米を加工する技術があります。その技術を使っていろいろなものを展開できれば、もっと皆さんに楽しさや新しさを届けられるかもしれない。今はそのために情報を集めたり、試作をしたりしているところです。
新潟には多くの米菓メーカーが集まっています。そうした環境も含めて、お米の可能性を米菓業界全体で広げていくためには、どんなことが必要だと思いますか。
まず、米菓業界が新潟に集まっているというのは、すごく恵まれた環境だと思っています。同じような課題を抱えている会社が近くにあって、協力できるところは協力して、競争するところは競争する。そういう関係性をつくれることは、新潟の米菓業界ならではの強みです。
その中で、業界として向き合わなければいけない課題の一つが、“おせんべい”というものにとらわれやすいところだと思っています。「おせんべいたるもの」みたいな意識が、メーカー側にもお客様側にもあるのではないかと。
もちろん、「おせんべいは古くからある、安心して楽しめるお菓子」というイメージ自体は悪いものではありません。ただ、そのイメージにとどまっていることで、お米という素材の可能性を狭めているところもあるのかもしれません。
お客様が新しさや斬新さを求めるときに、スナック売り場やグミ売り場に行かれているのだとしたら、それはおせんべいが悪いのではなく、我々メーカーの提案力の問題だと思います。
まだまだ、お米を活かしきれていないという感覚があります。だからこそ、お米を使って、もっと楽しいもの、新しいものを提案していきたい。そこに、これからの米菓業界の可能性があると感じています。
これからの栗山米菓をつくっていくうえで、どのようにして社員の可能性を引き出していきたいですか。
うちの会社では若い人材も活躍していますが、若い人を特別に見ているわけではありません。私は本当に、ただフラットに見ているだけなんです。
年齢や立場に関係なく、可能性がありそうな人や、機会があれば力を発揮してくれそうな人がいれば、声をかけて一緒にプロジェクトをやってみたい。そういう感覚で見ています。
特に、ベテラン社員の方が生き生きしている会社って、若い人が活躍しているのと同じくらい、社内にとって良い影響があると思うんです。
だから、ポテンシャルとやる気がある人には、ちゃんと機会をつくっていきたい。社長として、「面白そうだからやってみよう」と思える空気をつくることも、自分の役割の一つだと感じています。
お忙しい日々だと思いますが、栗山社長が、仕事や人生を楽しむために、意識されていることはありますか。
私はあまり仕事とオフのスイッチがないタイプなので、特別に意識していることはあまりないんですけど…。
でも昔から大事にしているのは、「どうせやるんだったら、主体的に取り組んだ方が絶対楽しいな」ということです。言われてやるよりも、自分で考えてトライしてみた方が面白いですし、経験値も増える。
何でも主体的に取り組むというのは、仕事や人生を楽しむポイントなのかなと感じています。
次世代の若い読者に向けて、メッセージをお願いします。
メッセージですか。これ、難しいですね(笑)。
社会人になってから気づいたのは、自分は人よりも「直感」を大事にしていたんだな、ということです。「なんか楽しそう」と思ったら、その気持ちを大事にする。逆に、「なんか嫌かも」と思ったら、それも大事にする。
皆さんの中にも本当は、そういう感覚がもっとあると思うんです。だから、その気持ちにもっと素直に動いてみることも、必要なのかなと感じています。
あとは、20代や、私と同じ30代という世代が「未来を作っていく」という意識を持つことも、すごく意味があると思っています。別にプレッシャーに感じてほしいわけではありません。でも、自分たちが未来を作っていくんだと思って動いている方が、日々の仕事も面白くなっていくはずです。
自分の直感に素直に動きながら、未来を自分たちでつくっていく。そういう感覚を持つ人が増えたら、社会も仕事も、もっと面白くなっていくと思います。ぜひ一緒に、何かできたら嬉しいです。
Information
株式会社栗山米菓
1947年創業。新潟県に本社と複数の製造拠点を構え、米菓の製造・販売を行う。看板商品の「ばかうけ」をはじめ、「星たべよ」「瀬戸しお」など、多くのロングセラーブランドを展開する。「ばかうけファクトリー」や直営施設「新潟せんべい王国」を通じて、米菓の魅力を楽しみながら体験・購入できる場も提供している。
〒950-3134新潟県新潟市北区新崎2661番地
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